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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10847号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

工藤勇治

阿部井上

被告

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

村上精三

主文

被告は、原告に対し、一四〇〇万円及びこれに対する平成二年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  不当利得

(一) 原告は、被告に対し、原告の子一郎を成城学園大学(以下「成城大学」という。)に裏口入学させるための工作資金として、平成元年八月二九日に一〇〇万円、同年九月七日に二七二二万五六四七円をそれぞれ交付した。

(二) しかし、原告の子一郎は、成城大学に入学することができなかった。

(三) そして、原告は、被告から、平成元年一二月八日に八二二万五六四七円、平成二年二月二二日、同年四月六日、同年六月二九日に二〇〇万円あて、合計一四二二万五六四七円の返還を受けたので、被告は、一四〇〇万円を不当に利得している。

2  不法行為

(一) 被告は、原告がその子の大学入学に関して悩んでいることを聞き知り、原告から裏口入学のための工作資金や謝礼の名目で金員をだまし取ることを考えた。

(二) そして、被告は、原告から、1(一)のとおり、裏口入学の工作資金として合計二八二二万五六四七円の交付を受け、これをだまし取った。

(三) 原告の子は大学に入学することができず、原告は、被告から、1(三)のとおり、合計一四二二万五六四七円の返還を受けたので、一四〇〇万円の損害を被ったことになる。

3  返還約束

(一) 1(一)、(二)のとおり、原告が被告に対して裏口入学の工作資金として金員の交付をしたにもかかわらず、原告の子は、成城大学に入学することができなかった。

(二) そのため、原告が被告に対して交付済みの金員の返還を求めたところ、被告は、平成二年二月二〇日、原告に対し、二〇〇〇万円を平成三年二月末日までに返還することを約束した。

よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権、不法行為による損害賠償請求権又は返還約束による約定金返還請求権に基づき、一四〇〇万円及びこれに対する平成二年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一)のうち、被告が平成元年九月七日に原告から二七二二万五六四七円を受領したことは認め、そのほかは否認する。なお、被告が受領した二七二二万五六四七円のうち二五〇万円は、原告が不動産ローンセンターから四四二〇万円の融資を受けたことについての被告の紹介手数料である。また、原告が裏口入学を依頼した相手は、丁沢四郎(以下「丁沢」という。)であり、被告は、原告と丁沢に頼まれて入学運動資金を保管したにすぎない。

(二)は認める。

(三)のうち、被告が平成元年一二月八日に原告に対して八二二万五六四七円を返還したことは認め、そのほかは否認する。

2  同2について

(一)は否認する。

(二)のうち、被告が原告から合計二五七二万五六四七円を受領したことは認め、そのほかは否認する。

(三)のうち、原告の子が入学することができなかったこと、被告が原告に対して八二二万五六四七円を返還したことは認め、そのほかは否認する。

3  同3について

(一)は、1(一)、(二)に対する認否と同じ。

(二)は否認する。

三  抗弁

原告の被告に対する本件金員の交付は、裏口入学を目的とするものであり、公序良俗に反するものである。したがって、被告に不当利得があったとしても、原告は、この返還を求めることはできない。

四  抗弁に対する認否

争う。

五  再抗弁

1  被告は、原告から、裏口入学の工作資金や謝礼の名目で金銭の提供を受けてこれを自己のため費消する目的で、平成元年八月ごろ、子を裏口入学をさせる意思のなかった原告及び妻花子(以下「花子」という。)に対し、裏口入学の勧奨をした。

2  そして、被告は、原告に対し、「過去数人の裏口入学を世話しているが、一度も失敗したことがない。」、「担当の先生が試験問題を持ってきて教える。」、「既に入学は確定である。」などと言って、被告を信用させた。

3  しかし、被告は、原告から、二〇〇〇万円で裏口入学を請け負ったにもかかわらず、実際は、原告に対してそれ以上の金員を要求し、原告がその支払のために不動産ローンセンターから四四二〇万円の融資を受けると、約束の額を超える二七二二万五六四七円を持ち帰った。

4  また、被告は、「担当の先生が試験問題を持ってきて教えてくれるから、それだけを覚えればよい。予備校など行く必要はない。」と言ったが、国語の教師だという戊海某が原告宅を数回訪れた以外には何もせず、原告の子を大学に入学させなかった。

5  このように、本件金員の交付が不法な原因に基づくものであるとしても、その原因がもっぱら受益者である被告についてあるといえるから、原告は、その返還を求めることができる。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は否認する。

2  同2のうち、被告の発言は認め、そのほかは否認する。

3  同3、4は否認する。

4  同5は争う。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一ないし第四号証

2  証人花子の証言

3  乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし四、第二、第三号証

2  被告本人尋問の結果

3  甲第一、第二号証の成立は認め、第三、第四号証の成立は知らない。

理由

一  返還約束(請求原因3)について

1  成立に争いのない甲第一、二号証、被告本人尋問の結果により成立が認められる乙第一号証の一ないし四、第二号証、第三号証(一部)、証人花子の証言及び被告本人尋問の結果(一部)によると、次の事実が認められ、この認定に反する乙第三号証の記載部分及び被告の供述部分は採用することができない。

(一)  原告の妻花子は、平成元年七月ごろ、丙山某が経営する結婚相談所「リングベル」に勤務していたが、たまたま、同人との雑談中に、原告の子が大学入試に失敗して浪人中であることが話題になった。すると、丙山は、花子に対し、被告に大学入試の斡旋を頼んでみると言ったが、花子は、これを断った。

(二)  数日後、丙山が被告に頼んだためか、被告は、花子に対し、大学入学の世話をすると言い、その後、成城大学なら入学が可能であるから、すぐにそのための資金を準備するように述べた。

(三)  そのため、被告を信用した花子は、原告の代理人として、平成元年八月二九日、被告に裏口入学の資金として一〇〇万円を交付した。また、原告は、同年九月七日、被告の紹介により、不動産ローンセンターから、事業資金と裏口入学の資金として四四二〇万円の融資を受けたが、その際、被告は、この融資金のうちから、二七二二万五六四七円を持っていった(被告が二七二二万五六四七円を受領したことは、当事者間に争いがない。なお、被告は、二五〇万円は、被告が原告に融資の紹介に対する手数料であると言っている。)。

(四)  その後、被告は、同年一二月八日、原告に対し、八二二万五六四七円を返還した(当事者間に争いがない。)。

(五)  しかし、原告の子は、成城大学に入学することはできなかった(当事者間に争いがない。)。

(六)  そこで、原告は、平成二年二月二〇日、被告や裏口入学に関与した丁沢と銀座三万石で会い、被告に対し、口では大丈夫と言いながら何もしなかったのだから、支払った金員を返還するよう要求した。これに対し、被告は、原告に対し、全額すぐに支払うことを約束した。

(七)  そして、丁沢は、同月二二日、四月六日、六月二九日の三回にわたり、原告に対し、二〇〇万円づつ、計六〇〇万円を送金した。

2  1の事実によると、被告が平成二年二月二〇日に原告に対して裏口入学の資金として受領した二六〇〇万円をすぐに返還することを約束したことが認められる。

二  公序良俗違反について

1  確かに、私立大学の場合、裏口入学を行うことが直ちに刑罰法規に触れる行為となるわけではない。しかし、私立大学といえども、私立学校法等に基づいて設立され、教育機関としての公共性を有しており、社会から期待もされている。また、入学試験が過熱する今日の状況の下で、真摯な勉学態度で公正な実力試験である入学試験の合格を目指す受験生が数多く存在する中、裏口入学は、財力で不正に入学しようとするものである。そうすると、裏口入学は、社会全般の秩序を乱し、その社会的非難は大きいものといわざるを得ない。しかし、本件のように、裏口入学のために金銭を交付したが、裏口入学が成功しなかったため、その後に、交付した金員の返還を約束することが公序良俗に違反するかは、別に検討する必要がある。

2  一1に挙げた各証拠によると、次の事実が認められ、この認定に反する乙第三号証の記載部分及び被告の供述部分は採用することができない。

(一)  原告や花子は、裏口入学を全く考えていなかった。ところが、丙山の依頼があったためか、被告は、花子に対し、「入学の世話をする。今まで数人の(裏口入学の)世話をしたが、一度も失敗したことはない。どこでも大丈夫だ。どこが希望か。」と伝えた(被告の発言内容は、当事者間に争いがない。)。しかし、花子は、即答を避けた。

(二)  数日後、被告は、花子に対し、被告が成城大学の理事である相澤代議士に会ったところ、一人なら同大学の入学が可能であることを伝え、早く手続をすることとその資金を準備するように言った。

(三)  原告は、平成元年八月二九日、被告に対し、一〇〇万円を支払い、同年九月一日、被告と会い、被告から、当初の資金は二〇〇〇万円であるが、さらに、丁沢に入学の手続を頼むので一〇〇万円、卒業後の就職のために一〇〇万円がかかると説明した。そして、被告は、「成城大学の国語と数学と英語の先生が問題を持ってきて家で教えるから(勉強しなくても)大丈夫だ」と言った。

(四)  原告が平成元年九月七日に不動産ローンセンターから融資を受けることになると、被告は、原告に何の説明をしないで、融資金の中から二七二二万五六四七円を持っていった。

(五)  原告は、平成元年一〇月一〇日、成城高校の国語の教師であるという戊海某と丁沢に会い、被告から事前に渡された八〇〇万円のうちから、戊海に三〇〇万円、丁沢に数学、英語の教師の分として四〇〇万円と丁沢の分として一〇〇万円を渡した。

(六)  その後、戊海は、一回二時間で七回位、原告宅で国語と古文を教えたが、英語や数学の教師は、全く来なかった。そのため、被告に問い合わせたが、何の措置もとらなかった。

以上の事実によると、本件裏口入学の話は、原告側から積極的に申し込んだのではなく、被告が積極的に勧奨したものであり、また、被告は、約束した入試問題の漏えいもせず、わずかに国語について指導の手配をしたにとどまること等を考えると、被告側の不法の程度は、原告側のそれを著しく超えるものである。しかも、本件の返還約束は、裏口入学の話が出た当初にしたものではなく、不合格が確定した後にしたものである点で、裏口入学を助長する程度が低いといえる。そうすると、本件返還約束は、その原因が裏口入学にあるとしても、返還約束自体を公序良俗に違反するとして無効にするほどのものではない。したがって、この点に関する被告の主張は、採用することができない。

三  以上の次第で、本件請求は、返還約束による返還請求について理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 春日通良)

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